第101章 運命の相手には、いつ会えるか分からない
虎於は、珈琲の入った紙コップに鼻を寄せる。そして一度だけ すんと匂いを嗅ぎ、結局は口を付けなかった。
「確認だが、お前から振ったわけじゃないんだな」
『勿論。私は彼が大好きで、大好きで。今も、大好きで…。正直、まだ別れたという実感すら湧いてないんです。
ただ漠然と、私達はずっと一緒にいるだなんて、考えてました』
珈琲に映り込んだ私は、水紋でゆらゆらと揺れていて。まるで泣いてる子供みたいな顔をしていた。
「そうか。本当に、龍之介の方から…あんたを振ったのか」
『あまり振った振られたと言わないでくれません?傷口は塞がるどころか、まだグシュグシュですよ』
「痛そうだな…」グシュグシュ
虎於は眉間に皺を寄せ、顔を歪める。
「で、何を理由に振られ…捨てられたんだ?」
『言い直した言葉の方が凶暴性を増してるんですが。
私が元アイドルで、男装したプロデューサーで、仲間の好きな人だからだそうです。最初から、無理だったと。彼にとって私は、はなから好きになってはいけない相手だったらしいですよ。
はぁ…、いや本当に。ショックで立ち直れない』
いつもより濃い目に淹れた珈琲を、ごくりと飲み下す。ほどよく冷めたそれは、確かな苦味を喉に残していった。
「あんた。それ、信じてるのか?」
『まさか。私がショックなのは…
龍之介にそんな嘘を吐かせたこと』
そう。彼は、最後に嘘を吐いた。
私の背中を押す為に。自分は嫌われても良いからと、わざと私が傷付く言葉を選んだのだ。
私が最も幸せになれる道は、あちらにあると信じて。
『君には俺よりももっと相応しい男がいるよ。なんて…そんなありふれた理由で振られるなんて。思ってもみませんでしたよ』
彼が、自分の幸せを最優先に考えられるような男だったなら。私達にこんな別れは訪れていなかった。