第99章 間違ってると思ったことは、間違ってるだろってそう言いたい
久し振りに会ったマスターとの、他愛の無い会話の最中。ガチガチに緊張した様子のトウマが現れた。扉を無駄に大きく開き、左足と左手を同時に動かす彼を見た私は、思わず口の中の酒を噴き出しそうになってしまう。
しかしマスターは流石なもので、そんな挙動不審な男を前にしても表情一つ変えなかった。ただ落ち着いたいつも通りの所作で、トウマに席を勧める。
「〜〜っはぁ…!なんだよ、あんたか…俺はてっきり、ここには例の女しかいないと思ってたから」
『だからガチガチに緊張していたんですね』
「してねぇよ!!…ってのは、無理があるか。ぶっちゃけ、死ぬほどしてる。むしろ緊張しかしてねぇ」
トウマは受け取ったばかりの温かいおしぼりで、手を拭きながら辺りを見回した。
「でも正直、あんたが居てくれて良かった。それで…か、彼女はまだ来てないのか?」
『ここ』
「は?」
『ここに居ます』
「どこ」
『だから貴方の目の前』
私は自分の顔を自分で指差し、体ごとこちらへ向けたトウマに告げる。
固まる彼からは、懸命に思考を働かせていることが窺えた。焦らせないように、こちらから言葉を次ぐことはしない。整理する時間をたっぷりと与える。
やがて、彼はようやく口を開いた。
私が飲むカクテルを指差して、カウンターの中に立つマスターに問う。
「あの…コレって、そんなにアルコール度数高いんすか」
『いくつか反応を予想してはいましたが、酔っ払い扱いは予想外でしたね』
質問を受けたマスターは、微笑を湛えてトウマに答えを返す。
「オーロラはそれなりに強いカクテルではありますが、それくらいで飲まれるほど彼女は酒に弱くありませんよ」
「か、彼女…って。
はは…えらく手が込んでるな。でも2人して俺を騙して、何をどうしたいんだ?」
マスターはもう口を開かず、ただ口角を緩く上げたままで私達の前から姿を消した。