第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
辿り着いたのは、ノースメイア行き飛行機乗り場のゲート前。私は巳波に大きなキャリーケースを手渡しながら、平然と告げる。
『こちらを』
「…理解が出来ませんね」
『今は理解出来なくとも、数時間後にこれが貴方の命を救ってくれるでしょう』
誰もキャリーケースの話はしていない。と、彼はゆるゆる首を振った。
そして、問う。
彼の真剣な瞳を見れば分かる。ここで答えを誤れば、その時点で詰みであること。
「私が理解出来ないのは、貴女です。どうして、ご自分の立場を悪くしてまで、他人の為にそこまで必死になるんですか?
分かってます?私が仮にこのゲートをくぐれば、了さんは黙っていませんよ」
『今は了は関係ありません。確かに自分の立場も大事ですが、時にはそれ以上に大切にしなければいけない物もある』
「…それが、貴女を突き動かした動機ですか?」
『はい。私、ŹOOĻを仲間だと思っていますよ。大切なんです』
至って真面目な表情の私を見て、巳波は嘲笑した。そして一度は手にしたキャリーケースを、再び私の手元に押し付けた。
「そうやって、他のメンバーを口説き絆したんですか?皆さん単純ですから、その手段は効果覿面だったでしょう。ですが残念ながら、私には効きませんでしたね」
『貴方を口説き絆すのは、これからです』
「え…」
『私は、ナギさんのことも…桜さんのことも好きです。そして、貴方のことも、大好きですよ』
胸に手を当て 告白した私を見て、巳波だけでなく通行人も目を大きくした。
空港のゲート前にて、想いを告げる。なんてロマンチックなんだろうと、周りの人間は思っているようだ。しかし実際のところは、そんな甘いものじゃない。
まさか、彼を死にゆく者の元へ送ろうとしているなどと、誰が予想出来るだろうか。