第93章 選んだのは、こういう道だろ
「ある夜にさ、了さんにバーに連れて行かれたんだよ。あの日は、人生で一番飲んだなーって思うぐらい飲まされて。もうベロッベロに酔ったわけだ。でも了さんは、そんな俺を置き去りにしやがった」
「うわ。サイテー」
「あの人のやりそうなことだろ」
『…ベロベロ…置き去り…』
この時。もう薄々勘付いてはいた。しかし、引き続き彼の語りに耳を傾ける。
「店先に放り出された俺を、助けてくれたのが、その女なんだ。ホテルに連れてってくれて、酒を吐かせて水を飲ませてくれた。
でも、枕元にスポーツドリンクと薬だけを置いて…そいつは消えた」
「めちゃくちゃ良い奴!」
「出来過ぎてて、嘘みたいな話だよな」
『……狗丸さん』
「なんだよ」
『それ、やっぱ恋じゃないです』
「いまさら!?!?」
まさか、あの夜の事をそこまで恩に着ているとは。
彼にとってあの出来事は、しんどい思い出でしかないはずだ。だから、忘れてくれて良かったのに。
「顔は覚えてないし、どうやって運ばれたかも覚えてない。でも、声が…
俺が死ぬ程しんどい時、俺の名前を何回も呼んでくれた。その声だけが、未だに耳から離れねぇんだよ」
忘れてくれれば、良かったのに…
「こいつ 貰ったドリンクのペットボトル、洗って大事に取ってあるんだぜ」
「トラ!!それはマジで言わなくていいやつ!」
「あはは!トウマめっちゃ乙女!」
『いや、あの…あまり笑っては、可哀想ですよ』
「あんた…っ!もしかして意外と、良い奴、なのか?」
トウマは、まるで仔犬のようなキラキラした目を私に向けた。
「でもそいつ、トウマの名前呼んだんだよな。ってことは、トウマの知り合いなんじゃねぇの?」
「俺もそう思って、女の知り合いに片っ端から連絡したんだ。でも結果は全滅だった。そもそも あんな綺麗な声の知り合い、いねぇもん」
『え、えへへ』
「え?なんで あんたが照れてんの?」
さきほどとは打って変わって、トウマはこちらに冷たい目を向けた。
「とにかく、俺のカンが言ってる。お前の想い人は、間違いなく良い女だ。もし見つかったら、絶対に俺に紹介しろ」
「トラにだけは、絶っっ対 会わせないからな?」
以上が、またややこしい事情を抱えてしまうこととなった、歓迎会の夜であった。