第92章 これでも頑張ったんだよ?
威勢良く啖呵を切ったは良かったが、今の一撃で沈められなかったのは痛い。男はすんでのところで、体の位置をずらしたのだ。だから、致命傷を与えられなかった。さすがはプロ、と言ったところか。
早く片を付けなければ、千を見張る男が帰って来てしまう。その焦りが、私の反応を鈍らせた。
絶対に避けなければいけない重い攻撃を、モロに食らってしまったのだ。たった一発で、肩が外れそうになる。
『くっ…』
「致命的なミスが、なんだって?」
「エリちゃ」
男の突きや蹴りを、なんとか躱す。多少のダメージが入るのはもう仕方がない。致命傷さえ避けられれば。
ぐわっと伸びてくる男の手をギリギリで退け、私は椅子そしてテーブルと、足場を変えて高く舞い上がる。
高度を保っている内に、揃えた両膝を男の顔面に落とす。
固い感触があった。バラバラと落ちた白いものは、男の歯。すぐに赤い鮮血が床に花を咲かせる。
呆気に取られ、口をポカンと開ける百。極度の緊張と急激な運動から、肩で息をする私。
そして、キレる男。
「…ぐっ…ぁ、もう、許さねぇ!!」
『!!』
早い!そう感じた時には、もう頭を掴まれていた。
「その綺麗な顔面、ぐちゃぐちゃにしてやらぁ!!」
バーカンの上に置かれた酒瓶が、目の前に迫る。しかし後ろ頭をがっちりと掴まれていては、もうどうすることも出来ない。避けようがない。
「っ、エリちゃん!この野郎!!」
百が叫んだのと同時、男の体が大きく揺らいだ。どうやら、彼がタックルを決めてくれたらしい。
頭を掴んでいた手の力が、ほんの少しだが緩んだ。渾身の力で首を振り、酒瓶を回避する。
ガン!と派手な音はしたものの、ガラスの割れる音はしなかった。どうやら、顔面ぐちゃぐちゃコースだけは免れたよう。
結果、額の隅をバーカウンターの角で打ち付けただけで済んだのだった。