第92章 これでも頑張ったんだよ?
体が勝手に、タクシーへ飛び乗っていた。運転手に行き先を聞かれて初めて、どこに向かうのが正解か分からないことに気が付く。
岡崎事務所か?いや、今頃そこは報道陣でごった返しているはず。2人の自宅もきっと同じだろう。だとすると、ホテルに身を隠している可能性が高い。
迷った末、都内で一番の客室数を誇る有名ホテルの場所を告げた。
そしてすぐ、千に電話をかける。
出てくれない可能性も高いが、一縷の望みに縋った。
《 もしもし 》
『千っ!…さん。今、お時間 大丈夫ですか』
《 ごめん。今ちょっとゆっくり話している時間はないんだ 》
いつも落ち着き払った彼の声が、ほんの少し上ずっているのに気が付いた。さらに耳を澄ませば、電話口から漏れる微かな車の走行音。千もまた、車内なのだろうか。
《 じゃあ、また今度ゆっくり 》
『待って!切らないで。何か、困っているんじゃないんですか』
微かに、千が息を吸う気配がする。少しの間の後、彼は弱々しい声を吐いた。
《 …モモが 》
『え?』
《 モモの様子が、おかしくて。電話してもすぐに切られるし、家に居るはずなのに、僕が行くって言ったら怒るんだ。なんか もう、絶対に変で、居ても立っても居られないから、いまタクシーでモモの家に向かってる 》
『運転手さん!すみません、行き先を変更します』
私はハンドルを握る男に、新たな行き先を告げる。当然それは、百の家である。電話の向こうで内容を聞いていた千は、戸惑いを見せた。
《 エリちゃん?いま、どこ?何してるの 》
『私もタクシーで移動しているところです。百さんの家で落ち合いましょう』
《 え、》
でも、と言いかけた彼の言葉を封じる。君を巻き込みたくないとか、そういう類の言葉はいらなかったからだ。
『大丈夫です。百さんはきっと、何事もなく私達を迎えてくれますよ』