第88章 合言葉をはいどうぞ！

「これは失礼しました。そうですよね、崖っぷちですものね。時間を取らせてしまって申し訳ありません。
御堂さん。あなたの言う大切な話というのは、一体どのような要件ですか？」

「男が女にする大切な話って言や、口説く以外にないだろ？」

『でしたら、御堂さんとのお話は以上で。お次は棗さん、どうぞ』

「おいおい。取り付く島もねぇな！どうしてあんたは、俺にそんなふうに冷たく当たるのかね」


言ってから虎於は、数歩だけ後ずさる。しかし、ただそれだけだ。この場から立ち去るという選択肢はないらしい。


「こいつに先に目を付けたのは俺だ。後から出て来たお前に、横から攫われちゃ堪らないからな」

「あぁ、でしたらご心配なく。あなたがいま仰ったような感情は、ほんの一欠片も、微塵も持ち合わせていませんので」


相変わらず、朗らかな笑顔のまま毒を吐く巳波。彼が嫌味からしか話をスタート出来ないのは、デフォルトなのだろうか。
虎於と入れ替わりで私の前に進み出た巳波に、じと目を向ける。


「あらあら。もしかして期待されてました？私も御堂さんのように、あなたに歯の浮くような甘い言葉を贈ると」

『いえ。そうでなくて安心しました。甘い言葉なら、常日頃大切な人から十分に受け取っていますので。これ以上摂取すれば、虫歯になってしまう』

「ふふ。面白い方」

『はいどうも。それで？今日はどんな質問にお答えしましょうか？』

「私があなたに訊きたいのは、ただこれだけです。
桜 春樹を、知っていますか？」

『伝説のアイドル、ゼロの曲を作っていた方ですからね。私も作曲家の端くれです。もちろん知ってますよ』


私は、ナギからもらった忠告を思い起こしていた。
“ 彼は、ハルキに強い執着心を抱いています。アナタが過去、ハルキと繋がりを持っていた事実は隠すべきです ”
【84章 1999ページ】