第88章 合言葉をはいどうぞ!
私達は その後、彼に何度も御礼を伝えてから別れた。
そして、これからどうするか という話になる。今日は仕事があって出向いたわけではない。従って、楽屋なども割り当てられていないのだ。
仕方がないので、スタジオに行ってみようと話は落ち着いた。本来ならば今日そのスタジオで、彼らはCMの撮影をする予定だったのだ。
その道中。楽は私の肩に腕を置き、揶揄うように言う。
「随分と、ありえねぇ噂が回ってるじゃねぇか。その中でも、お前のが一番ありえなかったな。
ははっ。なんだ、元アイドルって。あんたにそんな過去があるなら、とっくに俺達が知ってるよな」
『ですよね。ですよね。ありえなさすぎて、むしろ面白いっていうか。寝耳に水を通り越して、寝耳に揚げ油っていうか』
「それ お前 死なねぇか?」
「プロデューサー。キミ、あまり喋らない方がいいよ」ボロが出るから
「ほ、ほら!スタジオが見えて来たよ!中に入ってみよう!?」
私が先陣を切り、中をそっと覗いてみる。完全消灯はしていなかったものの、かなり暗い。
予想していた通り中は無人で、スタジオは使われていなかった。それもそうだろう。ここには、今日 彼らが使用するはずだったTRIGGERの為のセットが、しっかりと組まれていたから。
それにしても、ここまで準備が整っていながら当日バラし。やはりただ事ではない。
全員で、そっと中へ足を踏み入れる。
3人は横に並んで、悲痛な面持ちで じっとセットを見つめていた。
自分達の為にデザインされ、そして自分達の為に組まれたセットだ。
誰も、何も言わなかったが。ここで撮影をしたかったと、そう考えていることは容易く伝わって来た。