第87章 こっち側は、私の領分だから
【side 十龍之介】
エリの朝は早い。
日課であるランニングに加え、業界誌や経済新聞のザッピングも欠かさない。あとは、別の人間に変身する時間。
彼女には、それら全てが必要なのだ。
だから俺は、そんな忙しい彼女の支えになりたくて エリよりもほんの少しだけ早く起きる。
早起きは苦手ではないし、愛しい人の為に出来る事があるというのは、それだけで幸せだと思うから。
それに、可愛らしい寝顔を眺めるのが好きだ。なんとも、無防備であどけない。きっと普段は他人に晒す事のない、その表情。
俺の前、以外では。
“ エリ、おはよう。ねぇ、そろそろ起きないといけない時間じゃないか? ”
優しく髪を撫でながら、彼女を見下ろし そう告げる。すると、短く小さな唸り声を立て、エリは瞼をゆっくりと持ち上げる。
そして柔らかな笑顔を浮かべ俺の名を呼び、世界で一番可愛い おはようをくれるのだ。
これが、俺と彼女の1日の始まり。
しかし。
今日の朝は、いつもと違った。
『……はい。
はい、内容は理解しました。
えぇ…私も、何か引っかかります。彼女が、そんなミスをするとは思えないんですよね。
はい。とりあえず出社しましたらすぐに、私が直接 彼女に話を伺います。
分かりました。お疲れ様です』
俺よりも先に起きていたエリ。いや、いま目の前で通話をしていたのは春人だ。
とっくに通話は終了しているだろうに、じっと手元の携帯に視線を落としている。
俺は、そんな背中に声を掛ける。
「エリ、今の電話…もしかして、何かあった?」
『!!
おはよう、龍。ごめん、起こしちゃったね』
「いや、そろそろ起きようと思ってたから大丈夫だよ。それより」
『大丈夫、べつにそこまで大ごとじゃないよ。
それに、私もまだ全容を掴めたわけじゃないから。まずは何があったのか全部はっきりさせて、その上で龍達に話した方が良い事だったら、また改めて話すね』
「…分かった」