第86章 あの人に近付いちゃ駄目だ
「はぁー…いやほんと、助かったよエリちゃん。オレ、ユキのあの目には耐えられなくってさ、あはは」
『いいって。その代わり、近々 千に何かプレゼントを贈るのをお忘れなく』
「了解致しましたぁ!」
私達は、非常階段へとやって来た。ここは、人で溢れた会場が嘘のように静まり返っている。
ここならば、どのような密談でも周りを気にする事なく行える。
「じゃあ改めまして、言いたい事を言わせていただきます。
もーー!エリちゃんの馬鹿馬鹿!なんでこっちに来ちゃうのさぁ!」
『えっ、えぇ!?突然なに!』
「エリちゃんのことだから、もう分かってるんでしょ!?了さんだよ!」
分かるもなにも、分かりきっていた。私の方こそ、その男について知りたかったのだ。
『ねぇ。温和なモモを あそこまでピリつかせる、あの了って男は一体なに。あの人を私に紹介 出来ない理由は?モモは、いつからあの人と付き合ってるの』
いくつもの質問を浴びせかけるも、百はどれにも答えなかった。そして、ただ一言。私に告げた。
「あの人に近付いちゃ駄目だ」
そのマゼンタの瞳の中に、強い意志が窺えた。
『…そんなに、性格悪い人?』
「性格が悪いんじゃなくて、あの人はタチが悪いんだ」
『どれだけタチが悪くても、彼は今後のツクモを背負って立つ人物。無視は出来ないよ。絶対に避けては通れない』
どん。と、背中に壁がぶつかる。驚いて目を閉じるが、すぐに瞼を持ち上げる。
すると目の前には、感情をむき出しにして怒りに震える百の顔があった。
「どうして分かってくれないの。オレ、本気で怒るよ。あの人に近付いたら」