第86章 あの人に近付いちゃ駄目だ
「ところで、こんな場所で何してるの。君のことだから今頃は、あの揉みくちゃの中で楽しそうに挨拶狂いしてると思ってたのに」
『辛辣な言い方ですね。他に言い様がなかったんですか』
「ふふ、これでも褒めてるつもりなんだけど」
それで褒めているつもりなら、千は歪んでいる。そんな言葉が浮かんだが、あえて口には出さなかった。
「僕には理解出来ないから。挨拶回りなんて、ひどく退屈で、ただ面倒だ」
『そう言う割には、さっき貴方が話していた方は星影の御偉方でしょう』
「さすが。よく見てるね。
そうだよ。退屈で、面倒な事も まぁ頑張ってる。モモと一緒に歌っていく為に。
僕が星影。モモはツクモ。僕達がそうやって分担して上手く立ち回ってるから、弱小の岡崎でもRe:valeはやっていけてるんだ」
千は言って、ふわり目を細めた。
千葉志津雄の引退後、拮抗していた二つの勢力はツクモに傾きつつあった。千には是が非でも星影と懇意にしてもらい、彼らを盛り上げて欲しい。
そうしないと、バランスを失った天秤が 壊れてしまうから。
『…天秤が壊れてしまえば、物事を正しく計れなくなってしまう』
「え?」
『いえ。何でも。
もし今度、星影との懇親会などがあれば私も呼んで欲しいです。皆さん、千葉さんの引退を受けて塞ぎ込んでいらっしゃることでしょう。
星影が、ガッと再起出来るようなお手伝いがしたいです』
「…うん。分かった。覚えておくよ」
何がなんでも、ツクモが一人勝ちするような構図だけは避けなければ。
嫌な予感がするのだ。あの、了が率いる組織に、膨大な力を集めてはいけない。