第85章 かっけぇわ
私はぴたりと、足を止める。いや、足が止まった。と言った方が正しいだろう。
しかし。男は、こちらを ゆっくりと振り返る。くるぅりと、ゆっくりと。
私の瞳には、死を司る神のように その男は映った。
そしてその死神は、私の喉元に鎌を突きつけるのだ。そんな、錯覚。
「おんやぁ?僕…君のこと知ってるよ。アイドルでもないのに有名なんだ。名前はたしか……」
「ちょ、ちょっと了さん!オレとお喋りしてる時に余所見なんかしないでよ!つれないじゃんか!」
「あっはは!なんだいモモ!いつからそんな可愛い事が言えるようになったんだ?大丈夫だよ、やきもちなんて妬かなくても、僕はモモを大切に思ってる。
心の、底からね」
百の突き抜けた明るい声が、まるで私の腕を引くように、こちら側へと引き戻してくれる。
おかげで、なんとか呪縛から逃れる事が出来た。
「オレも、了さんの事 大好きだよ」
「やったぁ!僕達は相思相愛ってね!
じゃあ、君が愛するそんな僕からの頼みだ。紹介してよ。あの人のこと」
「え、待っ」
月雲 了。
先日、ツクモプロダクションの新社長に就任した男だ。ぜひとも、会って顔を覚えてもらおうと思っていたのだ。そして、その顔を直接この目で見たいと思っていたところ。
だが、なんだろう。この既視感は。
私は彼に、会った事がある。