第83章 う〜〜ん、むにゃ…
龍之介と過ごす時間は、私にとってかけがえのないものだ。癒されるし、楽しいし、自分が生きていると実感させてくれる。生きる上での潤いを与えてくれるのは、他でもない彼だから。
しかし。愛する恋人がいたとしても、人には、1人の時間が必要だ。1人で、静かに物を考える時間。誰に気遣うことなく、存分に羽を伸ばす時間。それらは絶対に必要なのだ。
たとえその愛する恋人が、どれだけ格好良くても。今をときめくアイドルであっても。世界一 出来た彼氏であったとしても、だ。
『……』
(はは。私、こうして1人で飲みに出て来ても、結局は龍のことばっかり考えてるな)
カウンターで1人、笑みを咬み殺す。
私にも、彼にも、プライベートな時間は必要かと思い こうして出て来たわけだが。少なくとも私には、今のところ無用の産物だったようだ。
せっかく久しぶりに春人ではなくエリとして、お洒落をしての外出だったが…。帰ろう。そう思い至った。
マスターに会計を申し出て、支払いを済ませる。そうして店を出たのは午後11時。
この辺りには、それなりの数の飲み屋が集う。
だからだろう。金曜の夜とあって、人通りもそれなりである。まだまだ夜はこれからだ!と息巻く集団。これからどうする?と相談している集団。私と同じように、早々に帰路へ着かんとしている人達。
そして…真っ青な顔をして、地面に突っ伏している人。
『……ちょっと、これは…』
無視出来る範疇を超えていた。
行き交う人々は、その人間を見えない物のように扱っていた。まるで、そのへんに落ちている小石と同じように…
しかし、この暗がりでも分かるほど、顔色は最悪だ。私にはどうしても、無視をして立ち去る事が出来なかった。