第75章 俺に、思い出をくれないか
『万理と出逢ってなければ、今の私はなかったよ。
間違いなく、今の私があるのは万理のおかげ。だから…私と出逢ってくれて、ありがとう!』
これが、私が紡いだ精一杯の 代わりの言葉。
「大袈裟、だな。
でも、そう言ってもらえたら救われる」
『大袈裟なんかじゃないよ。万理は私に沢山のものをくれた!それなのに、私は全然ダメだったよね。
2人でいた時も、余裕のある万理と違って、私ばかりいっぱいいっぱいで。何だか恥ずかしくて、いつも焦っちゃって。戸惑ってばかりだった。
情け無い私で、本当にごめん』
「…馬鹿だな。俺が、いつ余裕なんかあったと思う?いつだって、必死だったよ。
エリの前で、余裕だった事なんか一度だってなかった。初めての恋に、俺だっていっぱいいっぱいだったんだ」
2人は、自分の気持ちを素直に口にする。こんな話が出来るようになったのも、もしかすると大人になったという事なのだろうか。
万理は少しバツが悪そうに、頬をかきながら笑った。
「まぁ、実は必死だった事がエリにバレてなかったなら、なんとか余裕のある男を気取れてたのかな」
『それでも、やっぱり私に比べれば万理は大人だったよ。考え方も、世渡りの処世術も、私は万理から教えてもらった。
それなのに私は…貴方に、何も返せてない』
そんな事はない。万理は、その言葉を途中で止めた。
そして、私の瞳を じっと覗き込む。その表情は、何かを真剣に考えているようだった。
やがて、意を決したように口を開く。
「俺だって、エリからは沢山のものを与えてもらったけど。でも。もし今、俺に我が儘を言う事が許されるなら…
ひとつだけ、欲しいものがあるんだ」
私に、迷う余地はない。
彼と目線をしっかり合わせて、頷いた。
「俺に、思い出をくれないか」