第75章 俺に、思い出をくれないか
《 はい。こちら、一階ロビー受付です 》
『あー…えっと、中崎です。お忙しいところ、すみません』
《 いえいえ!大丈夫ですよ。今日も、例の確認ですか? 》
『はい。お手数ですが、お願いします…』
受付嬢は、少し待って下さいね。と言って、間を開ける。やがて再び受話器を取る気配がして、涼しげな声で答えをくれる。
《 ロビーに人影はありませんよ。お客様も1人もいらっしゃいませんし、警備員が立っているだけですね 》
『そうですか。ありがとうございます』
《 あの…こんな事を私が言うのは差し出がましいかもしれませんが…。
もしかして、中崎さんはストーカー被害に遭われているのですか?でしたら警察に連絡をした方が… 》
彼女が、心配してしまうのも無理はない。
私はここ2週間ほど、帰る間際には 決まってこのように受付へ内線をかけていた。
ロビーに、長時間 滞在している人間はいないか?と。
『あ、すみません。そういうわけでは、ないんです』
《 隠さなくても良いんですよ。待ち伏せをされるような心当たりがあるんですよね?
どんな女性なんですか? 》
『……長髪の、イケメン…』
《 え? 》
『ごめんなさい。何もないです。
本当に、大丈夫ですので どうかお気になさらず。おそらくは、私の自意識過剰なので』
なるべく明るい声色で彼女に言った後、そっと受話器を置いた。
もう、受付に確認をすることは控えた方が良いかもしれない。彼女にいらぬ心配をかけるのは、気が引ける。
それに、彼と再会を果たしてから もう2週間だ。てっきり、万理は八乙女プロで私を待ち伏せするだろうと思っていた。
しかし、彼は現れなかった。
さっき告げた通り、私の自意識過剰だったのだろう。
万理は私が思うほど、過去を引きずってはいないのかもしれない。
『……帰るか』