第72章 綺麗じゃない愛だって構わない
『 ——っ、!』
(いる!龍が近くに、いる!)
私はよろめきながらも、指笛が聞こえる方向へ足を踏み出した。
すると、腕が後ろに ぐん!と引かれる。
見ると、赤いビニール紐がピンと張り詰めていた。
天には、この紐だけは絶対に解かないようにと言われていた。しかし、私はまたしても彼との約束を破る行動に出なければならない。
キツく硬く結ばれた紐は、容易には解けない。私は、必死に歯を立てそれを噛み切った。
——— ピィッ
さっきよりも近くから聞こえる気がする。
私はその音を頼りに走り出す。何度も転けそうになりながらも。吸い込んだ冷気のせいで肺が軋んでも。とにかく足を前に進めた。
すると、ようやく
『は……っ、は…ぁっ!
龍……!龍ーー!』
「っ!!」
私は、走っていた勢いそのままに彼の胸に飛び込んだ。私を見つけ、大きく両手を広げた龍之介。彼もまた、強く強く私を抱き締めた。
「良かった…!エリ、見つけた…会えた!」
『あぁ…龍!っ、龍、ごめん…ごめんねぇ…っ!』
私達は、天国とも地獄とも取れるこの場所で、互いの身体を抱き締めて喜び合った。
しかしすぐに、龍之介が私よりも遥かに薄着な事に気付く。私は急いで自分のネックウォーマーを脱いで、強引に彼の首へ装着した。
そして龍之介の手首を掴んで、元来た道を振り返る。
『龍!行こう!早く帰……』
彼の腕を掴んだまま、私は硬直する。
帰り道が、分からないのだ。
懐中電灯の光をいくら地面に当てても、足跡なんてとっくにない。赤い紐…も、もう風で流されてしまっている。
まさか、帰り道を見失うなんて。自分の馬鹿さ加減に、嫌気がさした。
きっといま、蒼白だった顔面がもっと白くなっていることだろう。