第68章 あなた…意外と馬鹿なんですね
『……言わないんですね』
「何をです?」
『ほれ見たことか。って』
「ほれ見たことか」
『あ、言った』
「あなたが言って欲しそうな顔をしていたからです。本来なら、怪我人に追い打ちをかけるような仕打ち、私はしませんよ」
一織は、後半が始まる直前にこう言った。
怒れる相手は、どんな手段を取ってくるか分からない。だから用心をしろと。
そんな忠告を聞かず、あろうことか私は浮かれていた。たとえ一織からどんな仕打ちをされても、文句は言えない。
『人なんて、やっぱり信じるものじゃない』
「中崎さん…」
『さっきまでは、私も爽やか人間の仲間入り出来るのでは?なんて思っていたんですが。でも、それは勘違いだったみたいです。
貴方は、何も信じない 非情な私がお好みだと言っていましたね。
やっぱり私は、どうもそちら側の人間のようです』
私が嘲笑気味に言うと、一織は顔をしかめて言い放つ。
「あなた…意外と馬鹿なんですね」
『怪我人には追い打ちをかけないのでは?』グサっと来ましたよ
「たしかに私は、何者も信じたりしない あなたに好感を持っています。
しかし、そんな中にも唯一、信じても良いものがあるでしょう。そんな簡単な事にも気付けない、あなたではないと思っていましたが」
『唯一…信じても、良いもの』
「仲間 ですよ」
しかめられていた顔が、ぱっと笑顔に変わった。それは、彼が私に初めて見せた表情で。目の細め方が優しくて、上がった口の角度が美しい。
その親密な微笑みには、つい心を許してしまいそうになるほどだった。