第67章 左手は添えるだけ
メモと筆記用具を、学生鞄から取り出した一織。なるべくさりげなく周りを見渡す。そして何やら記入している。
おそらく、どんな面子がこの場に集まっているのか書き記しているのだろう。貪欲な上に努力家なところも、好感が持てる。
私は、彼の邪魔をしないように顔を前へ向けた。今日ここに来て、ようやくフットサルを観戦するという行為に出たのだ。
専門的な知識がないので、彼らの腕前がどの程度なのか測るのは難しい。それでも、少し驚いてしまうくらいには上手かった。
よくもまぁ、足だけで器用にボールを奪ったり運んだり出来るものである。私は思わず感心してしまった。
それになにより、3人の楽しそうなこと。汗を光らせ、息を切らし、それでも満面の笑みを浮かべている。心から仲間とのスポーツを楽しんでいるようだった。
龍之介が、久しぶりの休みをフットサルに当てると聞いた時は、素直に賛成出来なかった。しかし今の彼の笑顔を見ていると、これが正解だったのだと思う。間違い無く、心身共にリフレッシュ出来ているのだろう。
その時。私の視線に龍之介が気付いたようだ。彼は、相手選手をマークしながらも私に手を振った。こちらも、そんな龍之介に手をひらひら振り返した。
たったそれだけの事なのに、彼は この世で1番の幸せ者みたいな顔で笑うのだった。
キラキラ眩しくて、直視する事さえ躊躇してしまう。でも。この笑顔を、ずっと見ていたいと私は思った。
「あなた、そんな顔で仲間に笑いかけるような人でした?前はもっと、冷徹で心の無いロボットみたいだったでしょう」
『人を元サイボーグかのように言うのはやめてもらいましょうか』
「まぁ…時間と苦難を共有すれば、関係なんていくらでも変わりますよね」
『その通りだと思います。私も、ここ数年でそれを身をもって経験しましたから』
「良かったですね。男と男で」
『え?』
「これが男と女なら、恋愛感情が生まれてしまう事も少なくないでしょう。そんな面倒なものは、アイドルとスタッフの間には不要ですから」
『それは……間違いない。ですね』
私は自分が咎められた訳でもないのに、彼から逃げるみたいに天を仰いだ。