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引き金をひいたのは【アイナナ夢】

第65章 月みたいな人




「九条さん、演技をしながらも 私の事は見ていませんでしたから。
ずっと…私の向こう側の、誰かを見ていました」

「………」


彼女は、気付いていたのだ。
ボクが、彼女とエリを重ねていたこと。自分が、叶わぬ恋をしていたこと。

でも、分からない。何故、望みがないのに想いを告げたのか。
恋人になれもしないし、報われる事はないのに…

ボクの思考を読み取ったかのように、彼女は告げる。


「たとえ、振り向いてもらえないって分かっていても…自分の気持ちを伝えたいって思うことって、ありませんか?
成就しなくても、あなたを好きになった事実を、なかったことにはしたくないから…
せめて、私だけでも、今この胸の中にある想いを 大切にしてあげたかったから」


心臓の上に手を置いて、彼女は絞り出すように言った。


「分かる気がします。
ありがとう。ボクは、その想いに応える事は出来ないけれど…ちゃんと、受け取ったから。なかったことになんて、決してしないから」


ボクの自然と出た笑顔を見て、彼女はやっと心からの笑顔を浮かべるのだった。


「最後に1つだけ、訊いてもいいですか?」

「はい」

「九条さんが好きになった方は、どんな女性なんですか?」


本来であれば、こんな秘密を誰かに打ち明けるべきではない。
好きな人はファンだと、そう告げるべきだ。

少し考え、ボクは本心を話して聞かせても良いと判断した。叶わぬ恋をして、失恋した相手に心からの笑顔を向けられる彼女ならば、周囲に吹聴したりはしないはず。
ボクは、人を見る目には自信があった。


「ボクの好きな人は、月みたいな人」

「月…ですか。
でしたら私は、九条さんが その方にとって太陽のような存在になれますように。そう、祈っていますね」



彼女の直向きな応援の言葉を、しっとりと胸に落とし込む。

月と太陽…。そんなものは、在り来たりな喩えであり、ありふれた文言だ。


ただ…
キミがもし、太陽の光を受けてもっと輝けるという月だというのなら、その役目はボクが担おう。

TRIGGERという名の太陽を、キミにとって なくてはならない存在にしてみせよう。

恋人として、キミの隣に立つ事が 叶わないのなら…
おそらくそれが、ボクの隣にキミを繋ぎ止める、唯一の鎖になり得るだろうから。




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