第62章 俺は君にとって、ただの都合の良い男だったのか!
楽が、すき焼きの割り下を作ってくれるという。その間に俺達は、食材を切ったり皿に並べたりする。
「ねぇ。キミは知ってた?きのこは洗ったら駄目だって」
『はい。前に読んだ料理本に書いてありました』
「ボクは、寮生活の収録で知ったんだけどね。
きのこの香りや風味が損なわれるからって理由らしい」
『たしか、湿らせたキッチンペーパーで軽く拭く程度で良いんでしたよね』
「そう。でも、なんか不安じゃない?とくに、松茸とか。いっぱい土も付いてそうだし。
まぁ…松茸なんて、そう食べる機会ないけど」
『分かります。かなり真っ茶っ茶ですもんね。
そういう私も、松茸なんて あまりお目にかかる機会もないですけど』
椎茸の仕込みをしながら、天とエリの会話に耳をそばだてる。
きのこを洗うか洗わないか。松茸の高級さについて真剣に語る2人が、微笑ましくて仕方ない。つい表情が緩んでしまう。
そして、近いうち2人に松茸を食べさせてあげようと、密かに誓う俺であった。
しいたけの笠にバッテンを入れる天。その横に立つ彼女は、俺の手元を見て興味津々で言う。
『龍、器用ですね』
「ありがとう。でも、コツさえ掴めれば春人くんにも すぐ出来るよ」
『へぇ…じゃあ、私も挑戦してみましょうか』
俺が手にしていたのは、飾り切りを施した人参だった。エリは花形に切り出されたそれを見て 自分も、と 人参を手にした。