第61章 束縛強い男みたいになってねぇか?
【side 十龍之介】
今日から きっかり2年前のあの日。
俺は、この廊下で彼女と出逢った。
『龍。どうしたんです?そんなふうに廊下の真ん中で突っ立ってたら危ないですよ?』
そう。彼女。中崎エリと。
もっとも、つい最近までは春人という側面しか知らなかったわけだが。
エリは、覚えているだろうか。今まさに俺達が立っているここが、2人の始まりの場所だということ。
「ううん、なんでもないんだ。ごめん、邪魔だったよな…たださえ俺ってデカくてかさ張るのに」
『ふふ、かさ張るって。いいじゃないですか、大きいの。出来るなら私も、あと20センチくらい欲しかったですよ。身長』
「駄目だよ!そんなに大きくなっちゃったら、俺と同じ目線になっちゃうじゃないか」
『駄目ですか…』
「うん。駄目」
わざわざ言わないけれど。エリが俺を見上げる瞳が好きだ。
力強い彼女の瞳が、ぐっとこちらを向く様が好きなのだ。
『そうですか。残念です。185センチもあれば、高い所に置かれた物も取れて便利そうなのに』
「高い所にある物は、俺が代わりに取ってあげるよ!」
『あぁ なるほど。じゃあ、欲しい物が上にある時は逐一 貴方を呼び付けるとしましょう』
「はは!うん!」
『冗談ですよ。使いっ走りにされそうなのに、どうして喜んでるんですか?龍は本当に、変なの』
変なの。と言って、エリは口元に手をやった。しかし、唇の端が上がっているのが見えている。
ふいに見つけてしまった、小さな笑顔。春人の姿なのに、時折 外される丁寧語。
ただそれだけの事で、どうしようもなく心が踊ってしまう。
ちなみに今日は、珍しく3人揃っての時間が取れたので これからダンスのレッスンだ。
エリもレッスン室へ向かうのだと思っていたが、彼女は飲み物を買ってから行くと言った。
俺は、思い出の廊下に背を向けて歩き出す。
きっとエリは、覚えていないだろう。俺とここでぶつかった事なんて。
俺は後ろ髪を引かれる思いで、単身レッスン室へ向かうのだった。
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