第58章 今日1日はお前に付き合うよ
「なぁ春人。
お前、最近 腹が立った事って何かあったか?」
『隣の部屋の住人が、廊下に物を置くんですよ。トラブルになるのが嫌で見過ごしてますが、共用部分に堂々と物を置く人間の神経を疑います』
「ふーん」
『…それが何か?』
「べつに」
ソロ仕事からの帰り道。何故か後部座席ではなく、助手席に座った楽からの唐突な質問。私はハンドルを握りながらも、答えを返す。
「なぁ」
『はい』
「ここに花束がある。2束と3束だ。合わせると何束になるか分かるか?」
『5束でしょう』
「1束だ」
『腹が立ちますね』
私は、ようやく気が付く。
あぁ。この人いま、疲れているんだなぁ と。
楽が疲弊した時の特徴だった。
意味不明な会話が増え、ふいになぞなぞを出して来たりもする。控えめに言って、かなり変な法則だ。でも当の本人は、この癖には丸きり気付いてない。
何かと利用価値のある法則なので、わざわざ種明かしはしないが。
『…楽』
「ん?」
『もし何か…悩みがあるなら聞きますよ』
「あぁ、実は俺 好きな女がいるんだけど」
『私が相談に乗れるのは仕事関係のみです』
「…んだよ」
楽は拗ねたように窓の外へ視線を投げた。建ち並ぶビルからの明かりや、隣を走る車のテールランプでも見ているのだろうか。
仮にここで私が、貴方疲れているでしょう?とか、身体しんどいですか?などと質問をするとする。
きっと彼は素直に、本心を教えてくれはしないだろう。
確かにここ最近、仕事を詰め過ぎていたかもしれない。看板番組、レギュラー番組、ドラマの撮影。それに加えて、ラジオや番宣活動。さらにはライブが近いこともあり、レッスンの時間も確保しなければいけない。
真っ直ぐに前を見ながら考える。
いつも頑張ってくれている彼に、私がしてあげられる事は 何があるだろうか。