第55章 “ お約束 ” の においがプンプンしますな!
『……もしもし』
《珍しいね。あれからまだそう日も経っていないのに。もう僕のこと、恋しくなっちゃった?》
『そういう、楽しげな要件なら良かったんですが』
《深刻そうだね。どうかしたのか?》
『実は…先日、貴方と訪れた鏡水館。TRIGGERといっしょ で取り上げる事になりました』
《あぁ、そうなんだ》
予想していたよりも、呆気ない反応だった。なんというか…もっと、こう。寂しそうにしたり、残念がると思っていた。
私の気持ちが、そうであるように。
《女将も喜ぶんじゃない?不景気の煽りで、予約の入らない日も多いって嘆いてたしね。番組で取り上げてもらえれば、お客さんも増えるだろう》
『…そうですね。女将さんもそう言って、撮影許可を出してくれました。
でも私としては、貴方との思い出の場所として…静かなまま あってくれた方が嬉しいのですが』
《あれ…珍しいね》
『何がですか』
《君が優しい台詞をくれるなんて》
千は電話口で、揶揄うように言って 笑った。なんだか馬鹿にされたようで、私は口を尖らせる。
『もう、千さんには優しくしてあげません』
《あぁ。ぜひそうしてくれ。
でないと…また追い掛けたくなってしまうだろう?》
彼がその台詞を言ったのと同時、新幹線が駅に到着するとのアナウンスが流れてしまう。
『ごめんなさい、私いま外でして。後半が聞こえませんでした。何て言ったんですか?』
《…いや。なんでもないよ。今度は僕の居ない京都を楽しんでくれ。
じゃあ、またね》
『え、あ。はい…失礼します』
私は、向こうが通話を終わらせたのを確認してから、電話を切った。
「おい春人!早く乗れよ。この新幹線だろ?」
声がした方を見ると、楽が既に乗り込んだ新幹線から体を半分ほど覗かせている。
私は無言で頷き、目の前の扉から乗車した。