第54章 もう全部諦めて、僕に抱かれろよ
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彼は、こんなにも熱い男だったろうか。こんなにもストレートに、甘い言葉を口にする男だったろうか。
もっとクールで、素直ではない性格をしていると思っていた。私が、本当の彼を知らなかっただけか…
しゅるりと、帯の解かれる音にハッとする。解かれた帯は、千のものか。いや違った。私のものだった。
途端に、体を纏う布の感触が心許なくなる。
千が私の浴衣の、掛け衿を両手で持った。全てを見られるのが恥ずかしくなって、私は体をくるりと反転させる。
うつ伏せになった私を見て、彼は切なげな声を出した。
「…見せてくれないの?」
『障子を…閉めて、欲しい』
どうして私は、さきほど障子をこの手で閉めなかったのか。こうも月明かりがあっては、全部が露わになってしまう。
「駄目だよ。閉めたら、君が見えなくなってしまうだろう?」
『っ!』
私は、うつ伏せのまま上へ移動しようと試みる。勿論、障子を閉める為だ。
しかし彼は、それを良しとしなかった。後ろから浴衣の衿を掴むと、ゆっくりと下へ引っ張った。
両腕が引かれるのと同時に、背中がほとんど露出してしまう。
『やっ』
「逃げないで。君に逃げられると、僕は泣きたくなってしまうから」
言ってから、千は私の背中に唇を落とした。柔らかくて温かいそれが触れた瞬間、ビクリと体が仰け反ってしまう。
『っ、千は…去る者は 追ったりしない、タイプの人間だと思ってたけど…っ』
「たしかに、そんな時もあったよ。まぁそれは、全部 君に出会う前までの僕の話だ」
背中にかかる吐息でさえ、私の快楽を煽った。そんな反応を楽しむように、彼の愛撫はエスカレートする。ちゅ、と音を立てて吸ってみたり。指の腹を つぅ、と弱い力でなぞってみたり。
『は…っ、ぁ——!ん』
「へぇ…背中、弱いんだ」
まるで子供が宝物を見つけた時のような、嬉々とした声だった。
千は、その後も執拗に私の背中を弄んだ。自分でも普段 あまり触る事のないそこへ、彼は何度も何度も口付けた。