第45章 私のところに、帰って来て欲しい
「で ——、—よね」
「——— ミクさん?」
「……えっ」
気付いた時には、遅かった。
観客、スタッフ、演者。全ての人間が、こちらを見ていた。そして今、たしかに私の名前が呼ばれたのだ。
「……は、はいっ」
(ちょ、ちょっと待って。もしかして私…話、振られたの!?)
どうして!台本には、私に話を振られるなんて書いていなかったのに!いや、どう言い訳しても 本番中に気を抜いていた私が悪い。とにかく、笑顔だ。笑顔を作って、場を繋ぐ。そしてその間に空気を読もう。
よく “ 彼女 ” がやっていたように…
———って、私には無理だ!!そんな魔法みたいな芸当は出来ない!
と、この間 約2秒。
これ以上の沈黙は、本気でまずい。せっかくMCの人が、話しかけてくれたのに全カットになってしまう。
パニックになりかけ、視線を辺りに漂わせる。するとまさか、視界に 飛び込んで来た 救い人。
それは社長でも、スタッフでもなかった。
私の目を奪ったのは…中崎春人。
隣にいたADから奪い取ったのであろう、フリップを高く掲げている。そこには、こう書かれていた。
「メロンパン…」
思わず、そのままポツリと言葉を零してしまった。しかしMCは、しっかりとその声を拾った。
「なるほど、ミクさんの勝負飯はメロンパンか。あはは、見た目通り可愛い食べ物が好きなんだね」
「は、…はい!メロンパンは、大好物でして、今日も、収録前と後に戴きました!合計で5個を!」
「あっはは!それは食べ過ぎでしょう」
観客からは、笑い声が漏れる。演者もMCも、朗らかな空気に包まれた。
助かった。そう胸を撫で下ろして、再度春人を視界に入れる。
すると、私と同じ様に ほっと息を吐いている様子が見て取れた。