第44章 余裕たっぷりの顔して そこに立ってりゃいい
なかなか、撮影終了の声がかからなかった。
周りからは、鼻をすする音が聞こえてくる。ハンカチを目に当てがうスタッフの姿も見受けられた。
ようやく、監督からオーケイの合図が出る。きっと、彼も曲に引き込まれていたのだろう。自らの仕事を忘れてしまうほどに。
「…迎えに行ってあげたら?」
「うん!きっと、君の事を待ってるよ!」
千と百は、私の背中を軽く押した。ステージを見上げると、TRIGGERの3人が呆然と立ち尽くしていた。
まだ、名曲の世界から抜け出せないでいるのだろう。
本来なら ライブ後のように、迷わず彼の元へ向かうのだが…
『…ごめんなさい、無理です』
「「え?」」
首を傾げた2人を置いて、私はスタジオを飛び出した。
向かう先は、どこでも良かった。人のいない場所なら、どこでも。
結局、大道具が収納されている部屋の、木材の影でうずくまった。そして、熱くなった目頭をギュッとハンカチで押さえる。
『——っ、』
楽の気持ちが、洪水のように流れ込んできた。
どれだけ会いたいと願っても、会えない、苦しみ。愛しさ。
忘れようとしても、簡単に忘れられるような恋ではないこと。
深い愛情と、恋い焦がれる気持ち。
直接、好きだとか。愛してるとか。言われた訳ではないのに。
言葉を歌に変えて、彼は私に伝えたのだ。
『——どうして…っ!』
私は、こんなにも愛されてる。