第44章 余裕たっぷりの顔して そこに立ってりゃいい
私は、ギリギリ走っていないくらいの速度で廊下を行く。向かうは社長室。
スタッフ達は全員、そんな私をもれなく振り返って見つめた。なかなか見られない、プロデューサーの凄まじい競歩だ。と言わんばかりに。
そんな視線もなんのその。目的の扉の前に立つやいなや、勢い良く開け放つ。
『社長!』
「ノックはどうした!」
『忘れました!』
もれなく叱責をもらったが、そんな事は気にしていられない。
私は、ある物を社長のデスクの上へ置く。それは、目を通したばかりの特番の台本だった。
台本の表紙には、こうある。
“ 懐かしの ヒットソングメドレー ”
内容は、以下の通り。
過去、偉大な歌手達が生み出した名曲の数々を、今を活躍する若手のアイドル達がカバーして歌い上げるというもの。
それ自体は、特段珍しくもない企画。よくある歌番組のお祭りプログラムだ。
私が急ぎ彼の元へやって来た理由は、他にある。
『…彼女を推してくれたのは、社長だと伺いました』
私は、ぺらりと1枚ページをめくる。そこには、出演者の名前がずらりと記述されている。
そして、最後に名を記載されているのは…
“ 特別推薦枠・新人アーティスト… ミク ”
『社長。ずっと、私との約束を 守ってくれていたのですね』
「…約束ではない。契約だ」
ミクとは、以前 私の務めていた会社所属の女性ソロアイドル。
そして、私が手塩にかけてプロデュースしていたアイドルでもある。
しかしそんな最中、私は この目の前の男にTRIGGERのプロデューサーを一任されたわけだ。
それを引き受ける条件として、八乙女事務所の力添えで ミクのバックアップをお願いしたのだ。
【1章 12ページ】
『社長って…実は良い人ですよね』
「これ以上くだらん事を言うなら、今すぐ出演枠を取り消してやってもいいんだぞ」
『大変申し訳ございませんでした』