第1章 あほの坂田(となりの坂田)
「なんで謝んねん。自分、今日謝ってばっかやで」
瞳の奥に少しだけ悲しげな、寂しげな色をみつけて私の頭の中はいよいよ混乱する。今日はやることなすこと全て裏目に出てしまっている気がした。
彼が気にいるように行動したいのに、全然上手くいかない。
不甲斐なさに、今にも泣き出したい気持ちを押し殺せば坂田さんの手がゆっくりとこちらに向かう。
彼の指先が私の頬にふれて、親指が優しく涙袋をなぞる。指先の体温がやけに熱く感じた。
「……ごめん。なんや、泣きそうな顔してたから。つい、手がでてもうた」
申し訳なさそうに、彼の表情がゆがむ。それがどこか苦しそうにみえて、心臓がぎゅっと潰されるような痛みが走った。
私の頬から離れたその手を思わず両手で包み込む。まるで、離れないでと懇願するかのように。
彼にも、この感情がありありと読み取れたのだろう。「ふっ」とどこかくすぐったそうな笑いがもれた。
「もっと近付いてもえぇの?」
そう言いながら、廊下にへたりと座り込んだままの私のすぐ横で坂田さんは胡座をかいた。
大きくて小動物のようなタレ目が私を捕らえる。ジッと瞬きさえあまりすることなくただ、静かに私だけに視線を送っていた。
そらされることのない眼差しに気恥ずかしくなった私が顔ごと彼を避けようとした時、クッと腰回りに何かが絡みつき、その強い力で体全身が坂田さんの腕の中に飛び込んだ。
再び真正面に彼の顔が現れる。私が上から被さるような状態で坂田さんの上目遣いを見つめる形となった。
あざとく、愛らしい面差しで甘えるように私を抱きしめる。
「さわっても、いいですか?」
急に敬語にかわり、彼の視線が明後日の方向へ彷徨う。手が腰に回されて2人の体がピタリと密着しているこの状態はさわっているとは言わないのだろうか?そんなツッコミをされることを恐れているかのようだった。
「まぁ、もう触りまくってますけどね!」
あひゃひゃっ、と再び独特な笑い方をして坂田さんは顔を私の胸の谷間へと埋めた。真剣な顔をしたかと思えば、すぐ楽しそうに笑いだす。表情豊かなその様子はまるで大きな子供のようだ。