第1章 あほの坂田(となりの坂田)
「あっ、でもな。いっつもコーラ飲んでるわけちゃうねん!お茶とか水だってちゃんと飲むで!今回はたまたまな。んふふ〜たまたまやってぇ。やーん、えっちぃ〜」
それは下ネタのつもりなのだろうか?本人は愉快そうでなによりだが、如何せん小学生男子の戯れ言にしか聞こえない。
「……ッは」
思わず鼻で笑ってしまってから、しまった!と我に返った。
失礼な態度にイラッとさせたのではないか?そんな不安から硬直した状態でゆっくりと坂田さんの方へ視線だけ向ける。
苛立ちを前面に出したような顔をしているのかと思いきや、その表情は自分が予想していたものとは全く異なっていた。
穏やかな笑みを浮かべて、少し安堵したようにため息をつく。
「やっと笑ったな。鼻で笑うて、ちょっと俺が欲しかったもんと違う気もするけど。まぁ、ええわ。なんでも。ずっと続いとった緊張がとけたんなら、それでえぇわ」
はじめての勤務で何かあってはいけないと絶え間なく緊張していたのは事実だ。余裕なんて全くなくて、お客様相手に笑顔でいることすら忘れていた。
ずっと、気にかけてくれていたのだろうか?先ほどのテンション高めな会話ももしかしたら意図的だったのかもしれない。
思い返せば、一緒に掃除をしている時も片付けをしている時も、なにかと彼は話しかけてくれた。
他愛のない世間話からはじまって、自分の事や最近話題になっているニュース。私の近況なども聞きながら、アレコレと話を繰り出す。
そんな坂田さんに対して自分は上手く返答できていただろうか?正直、いっぱいいっぱいで、なんて返事をしたかもうろ覚えだった。
急に申し訳なさが自分の中で広がる。沢山話の種を作り出してはコミュニケーションを取ろうと、歩み寄ろうとしてくれていた彼に対して私はなんて自分本位な態度をとってしまったのだろうか。
「すみません」
小さな声でそれだけ謝れば、それを聞いた坂田さんは眉間にシワを寄せた。