第1章 あほの坂田(となりの坂田)
明るい声で何気なしに彼は言う。あくまで、自分のわがままで、自分がやりたいからだと訴える。
坂田さんの素直な表情からするにきっとそれも本心なのだろう。
恋人同士のようなことがしたい、という本音。しかし、それならば何も掃除などでなくてもいいはずだ。一緒にゲームをするとか、買い物だって、いいはずなのだ。
それなのに私の仕事を共に、とあえて選んだのは彼の優しさなのかもしれない。相手に気を遣わせない程度の心遣い。その気遣いは決して押し付けがましくなくて、自然体だった。
「では、よろしくお願いします」
恐る恐る、私は彼に承諾の意を伝えた。お客様にこんな風に気を遣われる事事態、あってはならないことだし、最良の選択だとは言えないのだろうけれど、自分のこの返事一つで坂田さんが柔らかな笑みを浮かべてくれたから、きっとこれはこれで間違いではないのだろう。
隣同士肩を並べ合いながら一つ一つ家事をこなしていく。洗濯を一緒に干したり、私が台所の食器を洗えば、坂田さんが拭いて、片付けてくれたり。
細々と散らかっていたものが2人でやるとあっという間に片付いた。
予定の時間よりも随分と早く、私はその役目を終えた。
最後にたまった書類をビニール紐で束ねていると頬にヒヤリと冷たい刺激が走る。
「ッ!!」
一瞬、呼吸が止まった私の頭上から「お、たえましたねぇ〜」と楽しそうな笑い声が降り注いだ。
衝撃のあった頬の横に視線を向ければ、散々ラベルを剥がし、処分したはずのコカコーラゼロカロリーが姿を見せている。
中身がたっぷりと入って冷え冷えの状態だ。
「お茶休憩としやしょうやぁ。まっ、ここにお茶なんてないんですけどねぇ〜。捨てども捨てども無限に出てくるのはコーラだけぇ!俺の体内の60%は水やなくてコーラでできてますぅ」
心底、可笑しそうに「あっひゃっひゃ」と彼は笑う。