第2章 センラ
「違うんよ」
先に口を開いたのはセンラさんだった。小さく、ため息をついて言葉を選ぶようにゆっくりと話し出す。
「別に香澄ちゃんを非難しようとしたわけじゃないんよ。ただ、これ以上自分や周りをマイナスに見て欲しくないなぁっておもて」
「嫌々する仕事ほど辛いものはないで?」そう私に語りかけながらセンラさんは洗浄済みのメガネをケースへと閉まいはじめた。
「どうせやるなら、楽しくやった方がえぇよ。自分の気持ち一つで切り替えられる事なら、なるべくプラスに考える癖つけといた方がいい。その方が、自分が、苦しくならんのよ。マイナスな思考はな、自分を自分で追い込んでしまうんよ。そんなん、損やん」
彼の言葉で夜の仕事をやろうとした頃の自分を思い出した。あの頃はみんながキラキラしてみえて、自分もその中に混ざりたいと思っていた。
でも、実際その中に入ってみると客からの偏見の眼差し、横柄な態度、嫌がらせ、ストーカーなどあらゆる問題がみえてきた。
私は甘くみていたのだ。この、自分を売るという仕事の過酷さを。残酷さを。
それでも、続けたいと決意したのは自分の意思だ。なのにどこか卑屈になって、投げやりな気持ちにさえなっていた。
「この仕事をしようって、したいって思った時の気持ちを持ち続けるにはどうしたらいいのでしょう?」
「そんなん、無理やない?」
メガネを全てしまい終えたセンラさんがキッパリと否定の言葉を口にした。
「行動をおこせば、今まで知らんかった事も知るようになる。みたくなかったものだってみえるようになる。環境が変われば、気持ちも変化する。これはどうしたって避けられへんことなんよ。けどな、その中にはきっと、はじめる前だったら絶対、想像もできんかった楽しさもあったりする。それが何か、わかるようになるかもしれへんよ?」
チラリとこちらを一瞥したセンラさんは私と視線があうと少しばつの悪そうな顔をした。
「…まぁ、知らんけど」
そう言ってふいっと顔を背けてしまう。なで肩の広い背が少しずつ曲がって猫背になっていく。