第2章 センラ
こんな風に客人が遊女を思いやる場面など正直、想像もしていなかった。
事前に書かれた彼の情報には確かにNG行為を聞いてくれるとは書かれていた。しかし、本当にそんな紳士的な態度で接してくれる人などいるのだろうか?と半信半疑な部分があった。
だって、私はただの売女なのに。
夜の仕事をしている。それだけで差別の対象になる。軽視して良い存在だと認識され、人ですらないような扱い方をする奴もいる。そんな話をここ数ヶ月で何度も聞いた。
彼のように、1人の女性として真っ当に接してくれる男性は果たしていくらいるだろうか?
「なんや、上の空やな。こっちみてーや!」
少し拗ねたような、幼い少年が母親に甘えたいのに素直になれなくてごねているような。そんな声。
それまでの妖艶な、大人の色香放つ彼の声色とは全く別人のように思えた。
驚いて慌てて彼に視線を戻す。私と目があった彼は途端に瞳をキラキラと輝かせ、キョトンとあどけない表情をみせた。
それがなんだかとても愛らしく思えて。今までのイメージを一気に覆されたような。そんな気がした。
「こんなふうに、嫌な行為あるか?って聞いてもらえるなんて思ってもみなくて。そんな気を使って貰えるなんて、思ってなくて…。凄く、驚いてます」
「なんで?相手の嫌な事はしとうないやん。相手を気遣うんも、人付き合いをする上で当たり前のことやない?」
「でも、私は売女ですよ?売春してるような、こんな…低俗な奴に気を使う人なんて。いないと思います」
「自分以外の第三者を気遣うんに職種なんて関係あるん?それに売春してるような、低俗な奴って言い方なんなん?キミはこの仕事をしていることがそんなに後ろめたいん?恥晒しやっておもうてはるん?そんなん、同じように働いてる子に失礼やない?そんな風に偏見持ったまま働いてる子が近くにいるって知ったら、俺やったら気分わるなるわ」
口調や声色は柔らかく優しいのに言葉の節々が棘をもって冷酷だ。正論が刃物のように胸に突き刺さる。
正直、図星だった。最近の自分はこの、夜の仕事をしようとしていることが無性に恥じる行為に感じていた。
なにも言い返すことができずに、2人の間に無言が続いた。時間にすればほんの1、2分のこと。なのに何十分とこの沈黙が続いているような気がした。