第2章 センラ
あぁ、やっぱり声が好きだ。私はこの人の声、凄く好きだ。
彼が意識してだす優しい声色は蜂蜜のように濃厚で甘ったるい。砂糖たっぷり入ったミルクティーの上に生クリームがホイップされて、更にキャラメルを上からかけたような。
一口でその甘さが全身に染み渡る、あの感じ。
脳に酸素が行き渡らなくなる。ジンッと痺れて、動けなくなる。
まただ。また、この感覚。エレベーターの中の時と同じ。どうしてこの人の声を聞くとこうなってしまうのだろう。自分は一体、どうしてしまったというのだろう。
止まってしまった私の刻限を進めたのは彼の手の温かさだった。手のひらに広げられたメモ帳をセンラさんがそっと閉じる。
「残りはもうえぇよ。ちょっと休憩しよか。疲れたやろ」
「いっ、いえ!大丈夫です!最後までやらせてください!」
こんな指示すら出来ないのかと呆れられてしまっただろうか?わからないことがあったなら、初めに聞きに来ればよかったのにと失望したのだろうか?
焦りと不安に駆られて慌ててセンラさんの顔色を覗き込む。
するとどうだろうか?彼は意外にも少しだけ困惑したような、柔らかい笑みでこちらに視線を向けていた。
しかし、私と目があうと、動揺をみせた表情がスッと消えて面を被ったような見事な愛想笑いへと変わる。
(どうしてこの人はこんな表情をするのだろう?)
一瞬だけ垣間見た彼の本心。
それは正に、こちらの顔色を伺うような。
自分の意思よりも相手の要望を最優先させようとするような行為に思えた。
仕事を早く切り上げさせて休憩を挟もうとしてくれた彼の気配り。しかし、私が仕事を続けたいと申し出たが故に、本当は最後までやらせた方が良かったのか?とセンラさんは考えあぐねているようだった。
「じゃあ、お願いしよかな?優先順位的に先に書いてあった方がより終わらせて欲しいことやったから。いうても、これらはやってもやらんでもえぇものなんやけどな」
そこまで必死にこなすものでもない。そう念を押すように彼は言った。