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【R18】家政婦の記録簿【うしさせ】

第2章 センラ


なんやかんやと細々やることが増えていき、この人が長時間契約した意味が今やっと理解できた気がした。

「なんかわからないことあったらいつでも聞きにきてなぁ。奥の防音室にいるよ〜」

それだけ言い終えるとさっさとセンラさんは防音室の中へと消えていった。素早く退出する彼の後ろ姿をぼんやりと見送ったあと、箇条書きされた何行も殴り書きしたメモをみながら作業へと移る。

こういう時、日勤を早めにやっていて良かったと思った。要領もわかるし、この依頼者の場合は部屋が全体的に片付いてスッキリしているからモノの配置もわかりやすい。
特に戸惑うことなく作業を続けていた。しかし、頼まれた仕事も残り2割ほどとなったところで問題がおきる。

「…なんて書いてあるんだ?これ?」

雨上がりに道路に散乱するミミズの死骸のような。ナメクジが通った後のような、なんとも解釈し難い汚い字。センラさんの早口な説明についてこれず、残りわずかとなったところでメモが途絶えてしまったのだ。

これを書いたのは自分自身だが、何を書きたかったのかさっぱり記憶にない。

(聞きにいこうか?)

防音室の扉に視線を移しながら、行動を起こそうと立ち上がる。
その時だ。見つめていたドアが突然勢いよく開いた。
のっそりと、何かを探るように様子を伺いながらセンラさんは出てきた。そして私を見つけると真顔でこちらへとやって来る。この人の無表情な顔は正直言って少しだけ、怖い。

顔立ちは大きめで切れ長の、綺麗な目の形をしているし、鼻筋も通っている。厚めの唇で薄く笑いかけられれば、妖艶な魅力を放つ。整っているタイプだと思うし女性からは引く手数多にモテるのだろうと容易に想像がつく。

しかし、ドロリとした深い闇のような瞳が自分に向けられると、どうしても落ち着かない。透明感のある真っ白な肌は真冬の朝、自宅の軒下にできる氷柱のような鋭い冷たさを連想させた。
自分よりも一回り、二回り大きな体を丸めさせ、猫背の姿勢で彼は私のメモを覗き込んだ。

「ひょっとして、今ここやろうとしてない?」

標準語と異なるイントネーションで問いかけられる。ここ、と彼の指が示す場所にはミミズが張ったような汚い自分の字があった。

「はい。なんて書いてあるか、分からなくて」

そう答えれば「自分で書いて自分で読めないん?そら、もう誰も解読不能やん」と笑われた。

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