第2章 センラ
まるで螺旋階段の隙間から真下を見下ろした時のようだ。高速ビルの屋上から地上を覗き込んだような、グラリと視界が眩む感覚。彼と視線をあわせていると、どうしてかそんな目眩に襲われる。
私がグッと力を込めて目を閉じるのと、ポンっと指定した階数に到着した事を知らせる機械音がなるのはほぼ同時だったように思う。
「ちょっとだけ味見しよおもたんやけどなぁ」
残念。そう小さく呟いて彼は迅速に足を進めた。そのスピードにおいて行かれないように慌ててエレベーターから降りる。
「はい、どうぞ」
そう言ってセンラさんは扉を開けて私を先に招き入れた。靴が全てシューズボックスの中に終われ、チリ一つないまっさらな玄関。私用のであろうスリッパがポツンと一つ置かれている。
シンプルな深灰色のスリッパを履いて中へと入れば、モノが極端に少なくあまり生活感のない空間が広がっていた。ホコリ1つ、髪の毛一本すら落ちていない、掃除をする必要も、ましてや家政婦など頼む必要もなさそうな部屋たちだった。
夜の方がメインな方なのだろうか?
時々、そういう人はいるので不思議ではないのだが、それだと自分が頼まれている時間では割に合わない。夜だけを希望する人なら、精々2時間か3時間ほどで十分なはずだ。しかし、今日はそれ以上の時間を自分に費やしている。
「何をすれば良いでしょうか?」
とりあえず質問をしてみれば、そうやねぇ…と相変わらずの甘い柔らかな声が返ってくる。
「まず、キッチンなんやけど換気扇の掃除をお願いしたいのね。それと、排水溝の滑り取り。冷蔵庫の中は少し整理したから中の汚れとかよく拭いて欲しいわぁ。次にリビングなんやけどなぁ…」
「ひぇ!?ちょ、まっ!はいッ!」
早い。物凄い早口だ。しかもこの人、一気に全部屋のやる事を説明し尽くすつもりらしい。早急にメモ用紙を取り出して彼に言われた事を書き出す。