第2章 センラ
真横にいる彼もまた、私を見下ろしていた。互いの視線があえば、申し訳なさそうな、困ったとでもいうように顔を歪める。
(え…なん、で?)
てっきり、しかめっ面で怖い表情をしているのかと思っていた。想像と違うセンラさんの顔色に戸惑いが走る。
「すっかり怖がらせてしもたね。もう、本当は帰りたいやろ?」
柔らかな、甘い声で囁かれれば全身の血の気がカッと上昇する。自分の顔が一気に赤くなるのがわかった。
瞬き一つできずに見つめ続けていれば、フッと優しく彼は笑った。切れ長の大きな目が細められ、長い指が私の左耳にふれる。その体温の熱さに一瞬だけ、体が僅かに震えた。
「さっきまで真っ青な顔してはったのに、今は茹で蛸みたいに真っ赤やねぇ」
その赤みを確かめるように彼の指先が耳の裏側をなぞった。ぞくり、と全身に刺激が駆けずり回るような。体が火照って、お腹の奥がきゅっと疼く。
「んッ」
小さく喘ぐように放った声が自分のものではないように聞こえた。ひどく女、女していて甘ったるい。
彼と私以外誰もいないエレベーターの密室の中。酸素不足にでも陥ったかのように呼吸が荒くなる。耳の裏側を沿わせていた指の腹が少しずつ移動する。耳たぶを挟むようにもて遊んでから喉元をゆっくりとなぞっていった。
手のひらで喉全体を包み込まれる。温かさがじんわりと伝わった。
そのまま指先が顎まで這うように進み、下唇にゆっくりと触れた。じっくりとその形や柔らかさを確かめるかのように、右端から左端まで移動をすれば、少し力を加えて親指の第一関節まで唇の中へと押し込まれる。
一連の流れを受けている間、抵抗する事も忘れて私はただ、彼を見つめていた。優しげな微笑みは自分の放った小さな喘ぎをきっかけにピタリと表情を無くす。
空虚な眼差しで、何を考えているのかさっぱり読み取れない濁った瞳で私を捕らえ続けていた。見つめ続けていたその顔が知らぬ間に自分との距離を詰めていると感じた時には、彼の吐息が唇にかかるほど近くなっていた。