第2章 センラ
そう軽視していた。まさか、エントランス前でその本人と鉢合わせてしまうなんて。
「あの、これは…」
「僕、要注意人物なんやぁ。でも、なんでなん?特に何かやらかしたつもりないんやけどなぁ」
どこかフワフワとした柔らかい声にどうしても意識が集中してしまう。おかげで、上手い良い訳がでてこない。
「なかなか、指定をしてくださらないから…らしいです」
本当の事を馬鹿正直にポロリと口にしてしまった。やらかした!と思ったが時すでに遅し、だ。
「へーぇ。そんなことで要注意になるんやね。でもなぁ、それはおたくらが悪いんとちゃうん?指名したいって娘を連れてきたらえぇだけの話ですやん。それが出来ないそちらの実力不足を認めんで客側にばかり非ぃを求めるのは違うと思いません?僕、なんか間違ったこというてます?」
早口でそうペラペラと矢継ぎ早に叩きかけられれば、ますますこちらの思考はパニックになる。川から釣られた魚にでもなったように口をパクパクとさせ、何も言い返せずに言葉に詰まった。
「まぁ、キミにいうても仕方ないな」
冷たい声色で一言、それだけ言えば早足でマンションの中へと入って行く。
「なにしてんの?仕事する気ないんですか?」
呆然と立ち尽くす私へ投げつける、突き刺すような言葉。氷河期のように冷えきった声の温度。足がすくむ感覚を、必死におさえた。
「行きます!お邪魔します!」
それだけ答えて早足で彼の隣へと並ぶ。エレベーターへと乗り込めば彼の小さなため息が聞こえた。
二度と利用したくない。きっと、そんな風に思われてしまっただろう。本当はもう私を帰してしまいたいに違いない。嫌々、仕方なく招き入れられる。それが酷く悲しい事のように思えた。
この声の人に嫌がられるのがとてつもなく怖い。なぜか無性にそう感じて、蒼白のまま彼を見上げた。