第2章 センラ
咄嗟に勢いよく振り返れば、明るい髪色で長身の青年が立っていた。極端ななで肩、少し猫背な姿勢、細くて長い手足とそれに反するような太い首もと。
アンバランスなようにも見えるし、酷く整ってバランスの優れている体にも見える。
大きな鋭い目の中にある真っ黒な瞳は一切笑ってなどおらず、深海の底に住う魚のように濁りきっていた。
この人が発した声なのだろうか?この、どこか異様にさえ感じられる佇まいをする男性が?
首は動かさず、目だけで周囲を素早く見渡す。
このエントランスに自分とこの人以外に誰かいる気配はなかった。
「その制服、proのですよね?今日、依頼したセンラですけど」
関西なまりのある敬語が聞こえてハッと我に返った。
(え?この人が?この人があの要注意人物さんなの!?)
「はっ、はじめまして!今日一日担当させていただきます。柳田香澄といいます。よろしくお願いします」
違う!要注意人物ではなくてお客様だ!
そう自分を律して深々と頭を下げる。
「良かったぁ。あってたんやね。違う人やったらどうしよおもたわぁ」
関西弁の中でも際立って柔らかさが特徴的なトーン。その独特のイントネーションは京都弁のものらしい。
甘い彼の声色も合わさって、より一層華やかかつしとやかに感じた。
ジンッと脳が痺れるような感覚だった。彼の声を聴くと、まるで強烈な惚れ薬でも飲まされたかのように胸がキュッと締めつけられて頭がぼんやりとしてくる。
「それ…」
そう言った彼の指差す方を見つめると自分の胸元で両手に抱えこんだ分厚いファイルが目に止まった。表紙にはデカデカと彼の名前プラス要注意顧客!の太文字入りラベルライターが貼られている。センラさんの視線は正にその文字へと注がれていた。
(しまった!やっちゃった!)
普通ならお客様に見られることのないこのファイル。事務所に置いていかなくてはいけないところを不安でつい、持参してしまったのだ。
本人に見つからなければ問題ない、訪問前にカバンにしまってさえしておけば。