第1章 あほの坂田(となりの坂田)
「どうして、一言相談してくれなかったの?私、なにも知らなかった」
「い、嫌やったん?」
焦った様子で再度聞き返す坂田さんに違うとかぶりを振る。
「そうじゃない。私…」
小さく、深呼吸をした。こんな形で言うことになるなんて。もう少し、違う形で彼には伝えたかったのに。
「私、看護士の資格が取りたいの。この前の坂田さんみたいに、私も菊江さんや他の利用者さんが何かあった時に力になりたい。でも、資格を取るには現場の実習が不可欠でしょう?私、頭も良くないから学校にもちゃんと通って学びたくて。けど、そうしたら坂田さんの希望の日に私が入れない時も沢山出てきちゃう」
そんな時に他の子を指名できなければ、予約そのものをキャンセルせざるを得ないではないか。
「香澄看護士の資格とるん?すごいやん!」
彼が真っ先に言葉にしたのは私への賛美の言葉だった。正直で真っ直ぐな彼の反応がなんだかくすぐったい。素直に嬉しいし、頑張ろうと前向きな気持ちになれた。しかし、坂田さんの予定にそえなくなることへの不安はなくならない。
「今は俺、香澄以外の子頼むつもりないで?」
そう言って私を両腕で抱きしめて、彼の手が自分の頭部をなでる。
「俺、香澄のこと気にいっとるもん。もう他の子はえぇかなって思うてるんよ?香澄が頑張っとる時はさ、あぁー、頑張っとるんやなぁ〜って思いながら待っとる!俺が香澄の事応援したくて勝手に待っとるだけやから。香澄はちゃんと自分のやりたいことやってきて」
「うん。坂田さん、ありがとう」
彼の優しい言葉が嬉しくて、彼の胸に体を預けながら甘えるように顔を埋めた。
※※※
芸能界の先端で活躍していた両親は、出来損ないの私を隔離的な意味合いでここに入社させることにした。
ここなら表向きは家政婦だし、仕事は最悪、股だけ開かせておけばいい。
もし、万が一にも上級階級のお方と良い縁談に発展したら儲け物。両親はこぞって、そう考えたのだ。
一族の厄介者を押し付けるような感覚で追い払われ、嫌々この仕事をさせられている。世間的にみれば私はそう思われるのかもしれない。
しかし、私は…。