第1章 あほの坂田(となりの坂田)
こくっと彼が息を飲むのがわかった。言葉に詰まったように数秒沈黙が続いた後「なんや、それ」とだけ呟いた。
手を自分の後頭部にあてがい、どこか気まずそうに視線を逸らす。頬が赤みを増したと思ったら、あっという間に耳まで赤くなった。
照れている、のだろうか?
顔がみたくて覗きこんだ。
「あんま見んといて」
「ご、ごめん」
私が小さな声が謝れば、腕をクッと強く引かれる。坂田さんの上に馬乗りとなり腰にまわされた手の力によって彼と急接近をした。
「昨日な、レコーディングやったんよ」
いつもよりも少し沈んだ声。どこか元気のない声色が気になった。
「みんな、順調に録音してて。センラなんかめちゃめちゃ褒められてんのに。俺だけなんや、上手くできんくて。注意とかもされたしさ。ちょっとだけ、落ち込んどった」
こんなにも、声に感情を入れ込むのが上手い人が。こんなにも、楽しそうにうたう人がうまくいかないなんてことがあるのか。
特殊な世界、故にシビアな部分も沢山あるのかもしれない。
「私は坂田さんの歌、好きだよ。感受性が豊かで、高音も低音も幅広く歌いこなしていて、凄いなって思った」
今までは、違う一面の彼を見るのが怖くて。彼の仕事の部分はなるべくみないように避けてきた。でも、それは間違いだった。もっと早く彼の歌に出会っていたかった。
勿体ないことをしたな、と本当に思う。
柔らかく、嬉しそうに彼が笑う。自分の胸もとに顔を埋めて、坂田さんが呼吸をするたびにその息が肌をくすぐった。
「サンキュ。なんや、元気でてきた」
それなら、良かった。そう返事をしようとして気がつく。なんか、お尻に硬いモノがあたっている気がする…。
「こっちも元気になっちゃった。えへ?」