第1章 あほの坂田(となりの坂田)
振り返って彼をみればぱっちりと重なった視線。それでも目をそらすことをせず、ジッと何やら真剣な眼差しでこちらをみつめていた。
「えっとぉ。どうしました…?」
「なんで敬語なん?」
一言。それだけぶっきらぼうに告げるとふいっと彼は視線を外した。子供が拗ねたような、ムッとした表情をしている。
「そりゃ、坂田さんはお客様ですし」
「でもこの前は途中からタメ口やったのに」
そう、だっただろうか?前回は菊江さんのことでバタバタしてしまい、正直そこら辺はあまり記憶にない。
「すみません。その、この前は色々夢中で。つい、敬語が外れてしまいました」
「違う!謝ってほしいわけちゃうねん!あーー!もう!いい!こっち来て!」
手首を即座に掴まれ、そのまま強引に寝室へと誘われる。扉を開ければ、見事に散らかったままの状態。坂田さんが、ベッドに脱ぎっぱなしだった上着を乱暴に床に落とした。
そのまま、彼自身が私を巻き込むような形でベッドへと倒れ込む。
私を押し倒す、というよりは彼がベッドへダイブするのをたまたまいた私が巻き添えになった、というような感じだった。
「坂田さん…」
そっと私が名前を呼ぶ。すると、すぐ横から小さなため息をつくのがわかった。
「やっと、この前少しずつ距離縮まったなぁ〜って思うてたんに。それが嬉しくて。今日もちょっとだけ浮かれてた。けど、そんなん。俺だけやったん?」
うつ伏せになり、布団に顔を押しつけているせいでやけにくぐもった声で坂田さんが話す。
「私も、坂田さんの色んな一面がみれて、嬉しかったで…嬉しかったよ。菊江さんと最後までずっと一緒にいてくれてありがとう。夜遅くまで付き合ってくれて、ありがとう」
改めて、前回のお礼を伝えるものの彼からの返答はない。かわりに小さな寝息が聞こえてきた。
疲れてるんだな。
そう思いながら、そっと起こさぬように彼の腕の中から抜け出した。全体的になかなか散らかっている中で利用時間内に完璧に片付けるには些か骨が折れそうだ。