第1章 あほの坂田(となりの坂田)
ちょっとムスッとした顔で拗ねれば、愛らしさが一層引き立つ。ぷっくりと頬を膨らませて。
美少女のようなその容姿をなるべく見ないように視線をそらした。
でも、結構似合っているのかもしれない。
内科でお年寄りに、小児科で子供達に、ちやほやされながら接客している姿が自然と思い浮かぶ。もちろん、それだけじゃなくて過酷な仕事も沢山あるのだろうけど。
タクシーに乗り込んだ私達は急いで菊江さんの自宅へと向かった。
「どっか、行きそうな場所とか思いあたらん?」
そう坂田さんに問われて、思い出した。
『図書館の先にある公園の脇道を抜けるとね、大きくて綺麗な桜の木があるのよ。桜、みたいわねぇ』
一緒に洗濯物を畳んでいた時、何度か菊江さんがその話を私に聞かせてくれた。
「認知症っていうのは、新しい記憶から忘れていくもんで、昔の記憶は鮮明に残ってる人多いで。菊江さんってずっとあそこに住んどるんやろ?なら、使い慣れた道やから覚えとる可能性高いな。ちょっと、行ってみよか?」
「そうなんだ…うん。行ってみる」
彼の提案にのることにした私は菊江さんの自宅を素通りして彼女の言っていた道筋を頼りに桜の木があるという場所まで歩みを進めた。
話していた道順通りに図書館が見えた先、すぐに公園も姿を表した。遊具が2つほどしかない小さな公園で、そこを抜けると住宅と小川に挟まれた小道があった。
車は到底通れないくらいの狭さで歩道整備などもされておらず、土埃まう黄土色の道の真ん中に雑草が多い茂っている。
肩を並べて2人で歩みを進めていくと、その先に空き地が広がっていた。
草の茂るその中に一際目立つ大木。時期もすぎて花びらを散らせたその木は、今は若葉をふんだんに生やしていた。
その木にしがみつくように抱きしめている人物が1人みえた。菊江さんだ。
「きく、菊江さん!菊江さーーーん!!」
名前を呼んで、彼女のそばへと駆け寄る。上着もない、薄いハイネックのチュニックを着こんでいるだけの服装だった。
こんな薄着で何時間も外にいたのだろうか?寒くないのだろうか?