第1章 あほの坂田(となりの坂田)
なにをしているんだろう?
そう疑問に思う私に坂田さんは矢継ぎ早に質問をしはじめた。
「その、ばぁちゃん。きくえさん、やっけ?介護度はいくつなん?」
「認知はどのくらいあるん?持病は?今まで徘徊して問題になったことは?」
「服、香澄が洗濯しとるやんな。住所とか書いた布が縫い付けられたりしてない?」
「歩行レベルは?どのくらいなん?デイとショート利用しとるんならケアプランとかみたことない?」
聞いた事もない単語が彼の口からスルスルとでてくる。なにごとかと口をあんぐりさせて坂田さんをみた。
「俺も行く。ついていく」
「え!ダメです!これ以上迷惑は…」
「こんな時間女の子ひとりで歩かせへんやん!危ないやろ?」
こういう時の坂田さんはとことん冷静だ。普段の柔らかな雰囲気が一変してピリッと張り詰めた真剣な眼差しになる。
「まぁ、こんな時間になるまでエッチしてたんやっていうのは。この際、おいといて」
「ちょッ!!」
あなたが二度も交わろうとするからでしょう?
そうツッコミをいれたい気持ちをクッと堪えた。こんな時でも空気を読まずにそんなことを口にできるのは彼だからこそ成せる技なのかもしれない。
おかげで、良い具合に肩の力が抜けた。頭の中も、少しだけ冷静になれた。
玄関先で靴を履く自分の元にB4サイズの用紙をファイルに挟みながら坂田さんが近付く。
「俺をお供につけると、色々役に立つで」
ヒラヒラと見せつけるように視界にはいったクリアファイルの中の文字。
「かんごしめん……えぇ!!看護師免許証?」
「ご名答!」
やたらと専門用語が多かったのはそのせいだったのか。それにしても…。
「……みえない」
「ん?なんなん?わるぐち?」