第1章 あほの坂田(となりの坂田)
「泣きたい時は泣いたらえぇねん!泣くの我慢なんかしなくていい。大人になっても、何歳になっても。ちゃんと泣いて、ちゃんと気持ち表に出して、消化して。そしたらちょっとだけ楽になるんや。自分を、楽にさせてあげよーや」
すぐ真横にある彼の顔を伺おうと顔だけそちらにむける。私の視線に気付いた坂田さんがチラリとこちらを一瞥した。
「もし、香澄が道理に背くことしとったら俺は注意すると思う。てか、注意する!けど、それ以外のことやったら俺はいつだって香澄の味方でいたいんよ。俺なんかなーんの役にもたたんし、こうやって隣にいることくらいしかできひんけど」
熱い両手が私の頬を包む。まるで涙を促すような彼の仕草に緊張の糸がぷつりと切れた。
階段から転がり落ちるボールのように、完成前に倒れてしまったドミノのように。
一度崩れた涙腺は止まることを知らず、次から次へと頬へ流れた。それを全て彼の大きな手が受け止める。
「わたしッ。ごめんっ、なさい。ごめんなざい」
ひたすら謝った。ここにはいない菊江さんへ。届きはしない、彼女に向かって。
「なんでっ、上手くいかないんだろう?菊江さんに、私は沢山優しくしてもらったのに。沢山、元気…もらったのに。なんにも返せない。なにもできない。どうして、私はこんなに駄目なんだろう。こんな自分が、すごく、すごく嫌で。だいっきらッ!!」
言い終わる前に坂田さんが私を再びきつく抱きしめた。先ほどよりもさらに力のこもった腕。それは、どこか苛ついた空気を醸し出していた。
はじめて見る。彼の怒りの感情だった。
真っ直ぐ私に視線を投げる坂田さんが口を開く。そこからもれる言葉は私への拒絶か?批判か。
「俺は好きやで」
その声は低く落ち着いているのに、どこか優しくてどこか、悲しい声色だった。
「いつも気ぃはって。一生懸命で。しんどないんかな?って心配にもなるけど。俺はそんなまっすぐ必死に頑張る香澄の事、好きやで」
彼の言葉が胸に沈む。全く予想だにしていなかった。否定的な意見か、自分を責め立てる内容ばかり投げかけられると思っていた。
でも、違った。
彼の言葉は鎮痛剤のようだ。心が痛くて痛くて、辛くて苦しくてたまらない時、その痛みを嘘のように和らげてくれる。心を包んで、安心させてくれる。