第1章 あほの坂田(となりの坂田)
ここまで長時間の滞在は普通に指名されるだけではあまり要求されることはない。しかし、ここにだけ存在する『永久指名』というものになれば別になる。
永久、なんて言葉を使っているが永遠とその子を指名しなくてはいけないわけではない。ただ、2年間はその子だけ、他の人の指名変更は一切出来ないというのがこの永久指名の掟だ。
そのかわり、特典のようなものがあり、泊まりでの利用許可や長時間利用に当たっての料金大幅値下げなどというものが存在する。
気に入った子が見つかった人は大抵、この永久指名に切り替えるという顧客が多いらしい。
しかし、坂田さんはまだ通常の指名しかしたことがない人だ。彼に永久指名特有の長時間利用を無償で提供する意味とは…。
『ちょっとは会社に貢献しろ!これを期に永久にしてもらえ!』
課長の無茶振りともいえるメッセージ内容に思わず苦笑いする。
無理だろう。自分すら、このシステムの良さどころか実際に勤務するのすら、はじめてなのだから。
こっそりとみたスマホをカバンにしまい込み、改めて坂田さんの待つリビングへむかう。
「お腹すいたなぁ。ご飯でも一緒に食べよーや」
「じゃあ、なにか作りますね。冷蔵庫、みていいですか?」
ええよ〜。という許可を得て、キッチンへ移動し、中を確認する。がらんとした何もない空間が広がっていて、その中に大量にコーラゼロカロリーだけが押し込まれていた。
「コーラだけでなにを作れば…」
「あっ!ちゃうちゃう!こっちやで!」
下の野菜室を彼が豪快に開ける。中にはスーパーの袋に人参や玉ねぎ、挽き肉などが詰め込まれていた。
どうやら購入したままの姿で冷蔵庫に押し込まれたようだ。
「ハンバーグがええな。材料ちゃんと全部そろっとるやろ?」
はじめてのお使いを終えた子供のようにニコニコ得意げに話す彼に私は静かにこう伝えた。
「坂田さん…」
「ん?なに?」
「野菜室に全部押し込むのはやめてください」
「なんやねん。別になに室かて変わらへんやん」
「かわりますよ!野菜室と冷蔵室とチルド室と冷凍室はそれぞれ温度や湿度が違っていて、冷蔵室に比べて野菜室の方が温度が高いんで」
「あー!うっさいなぁ。細かいなぁー、香澄。センラみたいやな。こんな時だけ無駄に早口やし」