第1章 あほの坂田(となりの坂田)
悩み悩んだ末、隔離的な意味合いで両親はここに私を入社させることにしたらしい。
ここなら表向きは家政婦だし、仕事は最悪、股だけ開かせておけばいい。
もし、万が一にも上級階級のお方と良い縁談に発展したら儲け物。そう、考えたのだ。
一族の厄介者を押し付けるような感覚で追い払われ、嫌々この仕事をさせられている。世間的にみれば私はそう思われるのかもしれない。
しかし、私は…。
※※※
「記念すべき初仕事はここかぁ…」
1カ月の研修期間を終えて、私はとある高級マンションのちょうど中間の階層に住む客人の元へとやってきた。
今日はいよいよ、私の初家政婦デビューの日。1人できちんとこなすことができるのか不安だが、今回のお宅はそれほど難しい仕事内容でもなさそうだ。
エントランスのインターホンを鳴らして待っている間、ファイルに記録されていたお客様情報を思い出す。
男性、29歳、歌い手?とかいう少々聞きなれない仕事をしている方だ。学生に人気らしいが流行などに疎い自分にとってはその業界で有名だと言われてもあまりピンとこない人物だった。
『はぁーい。勝手に上がって入ってきてえぇよ。階数わかるやんな?鍵開けとくわ』
低めの男性らしい声質。だが、不思議と優しい印象を持った。言われるままにロックの解除された自動ドアを潜り抜け、エレベーターへと向かう。
通常、お客様の顔写真などはない。記載も今回は注意事項などは特になく、指示されたところの掃除をするようにと書かれているだけ。性格はおおらかで大雑把な方らしく要望などもよほどのことがない限りこちらに希望したりしないらしい。
要はこちら側にとっては非常に扱いやすく楽な、ありがたいお客様なのだ。
玄関の扉前まで来れば、チャイムを鳴らすべきか悩む。インターホンごしでは勝手に入ってきていいと言われたが、それをしたら通常は失礼に値するところ。
果たして、本人の了解通りにしたほうがいいのか?形式上でも鳴らしたほうがいいのではないか?でも、入ってきてと言われているのにわざわざ鳴らすのも嫌みになってしまうのでは…。
「どうしよう。何が正解なんだろう」