第1章 あほの坂田(となりの坂田)
オフィスビルの並ぶ大通りから裏道へと抜けて、更に奥まった一角にその事務所はある。
私が先月から働いている家政婦紹介所。その名は『pro』
表向きは政治家、実業家、芸能人などの裕福な方はもちろんのこと。
一般の人が利用しやすい価格も用意する、幅広い層を顧客につけている家政婦サービスと知られている。
しかし、その実態は全く異なるものだ。
多額の金銭を動かす者や知名度の高い者が最も恐れているもの。それは自らのイメージを損なうスキャンダル。
特に自身を商品としている者の交際関係などは世間から面白がられる反面、いやみ嫌われる原因にもなりかねない。
群がるジャーナリストの目を気にして、恋人どころか風俗にも行けない男性用に作られたのが家政婦兼ソープをかねたこのサービスだ。
一見、訪れるのはごく普通の家政婦ということになっている。人目を気にせず家事業務に加え、性サービスまで受けられるものだから近年うなぎ上りに利用者が増えた。
日本有数の様々なセレブ達と出会えるこのお仕事。売女といえど人気は壮絶で中々雇用されるのは難しいらしい。
私がなぜそんなところに入社できたのか?というと正直に言ってしまえば親のコネだ。
私は一昔前に絶大な人気をはかっていた俳優の父と国民的女優の母の間に生まれた。人並み以上に裕福な家庭に育てられ、物心ついた頃から英才教育を受けてきた。
容姿だって両親の遺伝を上手く受け継いで、兄妹の誰よりも優れたものを持っている。
だから、誰もが親に続いてこの子も華麗な女優デビューを飾るものだと思っていた。し、本人もそう信じて疑わなかった。
しかし、現実とは時に酷く残酷なものだ。
どんなに良い家庭に生まれても、どんなに小さな頃から恵まれた環境で学び続けても馬鹿は女優にはなれない。
そう、私は金を注ぎ込めど注ぎ込めど、それをドブに捨てるように意味のないものにするほどの、救いようのない大馬鹿ものだったのだ。
女優にはなれない。おバカ路線でタレントをするなども、恥晒しと言って両親が許してはくれない。
かといって一般企業に就職しても、この鈍臭さではうまくやっていけるようには思えない。