第1章 あほの坂田(となりの坂田)
そうだ。確か、お嫁さんが家政婦を頼んでいるのは週2回。それ以外の平日はその施設に通わせて、お嫁さんの仕事が休みの土日は施設に泊まらせているらしい。折角の休みを菊江さんと離れて過ごしたいというお嫁さんの強い希望だった。
しかし、施設を利用するにも制限が設けてあるらしく泊まりを利用するならば、半日通うほうは毎日は利用出来ない、と施設の人に言われたそうだ。
そこで、残りの日はこちらの家政婦を利用している、という経緯だった。
「あくまで、菊江さんの様子を知りたい。という方向で話を聞きに行きます。そこで少しでも菊江さんに関する情報を共有して、何かわかるかもしれません。事を大袈裟にはしませんし、課長の手を煩わせることもしません。これならどうですか?」
「まぁ、それなら…いいだろう」
彼女の発案に渋々ながらも課長は承諾をしてくれた。
(こんな事しか思いつかなかったけど大丈夫かな?)
課長に見つからないように、こっそりと彼女は私に話しかける。
(十分だよ!ありがとう!)
同じく小声でお礼を言いながら、私は彼女に笑いかけた。
私も一緒に行くね。そう言ってくれた彼女だったが、一昨日、私が原因で苦情があったあの3件を担当することになったらしく、急遽都合がつかなくなってしまった。
もとはと言えば、それは私が元凶なので、今回の施設訪問は1人で平気だと彼女に伝えた。
そこは都心近くとは思えぬほど山々の連なった場所だった。車一台、通るのがやっとという細道を抜けて。本当にこんなところに人なんて住んでいるのか?というほど雑草の茂った荒道の先にポツリとそびえ立つ建物。壁は桜色で彩られ、屋根は目がチカチカするような黄色というやけに目立つ外観となっていた。
大きなガラス張りの玄関横に備わっているインターホンを鳴らす。自分の母親と同じくらいの年代の女性がニコニコと愛想良く施設内へ招き入れてくれた。
(良かった。いい人そう…)