第1章 あほの坂田(となりの坂田)
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「関与しないって、どういうことですか?見て見ぬふりしろってことですか?」
「そうじゃない!じゃあ、聞くが。おまえ、実際に叩かれているところをみたのか?それらしい音を聞いただけじゃないか!それっぽちの憶測で叩いていたというのはただの言いがかりにしかならないんだぞ」
「そんな…あの時!事務所に帰らずにのりこんでいってたら!ちゃんと現場をおさえてました!」
「またそうやって言い訳か」
「ちがッ…違います!」
涙ぐみながら、私は声を張り上げた。ヒステリーな声音に課長は呆れた、とでも言いたげに眉を歪める。
「話になんねーな」
そう、舌打ち混じりに吐き捨てる課長を私は睨みつけた。
なぜ、この人は簡単に菊江さんを見捨てるような行為ができるのだろう?
私よりもずっと頭が良いこの人は、最悪のケースを避けるにはどう予防すれば良いのか?最善の解決策を作り出すことが出来る。
その知識だって、権力だってあるというのに。
どうして…。
憎かった。助ける力があるのに動こうとしない目の前の上司が。
でも、それ以上に何も出来ない無力な自分に腹が立った。悔しかった。
「こちらにお話を聞きに行くのはどうでしょうか?」
緊迫な空気が周囲を占める中、場違いなほどのんびりとした柔らかな声がする。
同期の、彼女だ。
その彼女は、課長のデスクの上に一枚のパンフレットを広げた。表紙にはお年寄りとエプロン姿の爽やかな好青年、同じくエプロン姿の女性たちが並んで互いに微笑みあっている写真が映っている。
「ここは家政婦を依頼した曜日以外の日に菊江さんが通っているデイサービス施設です。デイサービスというのは、半日施設に遊びに行ってお風呂に入ったりお昼を食べたり、カラオケなどをしたり出来る場所ですね。ちなみに、土日はこちらでお泊まりもしているそうですよ」