第1章 あほの坂田(となりの坂田)
それから私は菊江さんと一緒に依頼主であるお嫁さんに頼まれた家事をこなしていった。菊江さんと一緒にするからどうしてもペースがゆっくりになってしまう。それでも、契約時間の終わる夕方までには十分に終わらせることができる量だった。
私が帰る時間になってもお嫁さんが帰宅する気配はなかった。記載には戸締りをしっかりしてくれれば菊江さんを一人にして構わないと書いてあったが、少し不安を感じた。
事務所に契約時間終了の連絡を入れて、私はその後も暫く菊江さんの家に居座った。一時間が過ぎ、二時間が過ぎようとした頃、お嫁さんは帰ってきた。
「あら?まだいたの?」
「はい。あっ、でも契約時間は終了していますので延長とかではありません。私がお待ちしていたかっただけなんです。勝手な行動をして申し訳ありません」
「そうなの?別にお金かかるわけじゃないなら、待っててくれててもいいわよ。その方がこっちも安心だわ。ありがとね。あなた、気がきくのね。本当に助かるわ。また、次もお願いするわね」
お嫁さんが機嫌良くそう答えるのでホッと胸を撫でおろした。また、自分のヘタな行動で苦情になってしまうのでは?とヒヤヒヤしたがどうやら取り越し苦労だったようだ。
「ありがとうございます。では、失礼します」
お嫁さんのいるリビングを退出してキッチンに置きっぱなしだったエプロンや持参した掃除用具などを片付ける。忘れ物がないか今一度チェックをして玄関まで早足で向かった。
「あっ!また引き出しあけて!服散らかさないでよ!」
玄関にある自分の外靴を履こうとして、背後から聞こえた怒鳴り声にハッと動きを止める。
「ちょっと!!なにしてんのよ!!」
お嫁さんの怒鳴る声と同時にバシンッと何かを強く叩いたような音がした。手のひらで、強く肉を引っ叩く。乾いた、音。知ってる、音。